傷寒論

2011年01月06日

傷寒論 1-1

傷寒論の問題点を列挙して、現代医学と対比させながら、文章の理解が深まれば良いと考えます。文章の読みは挙げますが、訳は参考書を見てください。
1.傷寒論 S.001上編 辨太陽病脉證并治上第五
太陽之為病、脉浮、頭項強痛而悪寒。
(読み)
太陽の病(やまい)たる、脉は浮(ふ)にして、頭項強痛(ずこうきょうつう)して、惡寒す。
(解題)
ここで問題となることを、羅列してみよう。
1.「太陽の病とは、何か?」という漢方上の問題が、まず挙げられる。
2.「脉が浮」ということは、体の中で何が起こっているのか?どのようなメカニズムで、脉が浮いてくるのか?病態は、どのようになっているのか?
3.頭項強痛とはどのようなことか?頭痛はどのようなものか?項強とは、どのような病態なのか?
4.太陽病で、頭項強痛が現れる意味は?なぜ、体の上部に症状が現れるのか?
5.「惡寒する」とあるが、発熱なしに惡寒するとはどうしてか?
などなどの、疑問がたくさん出てくる。
これらの疑問について、一つ一つ考えてゆこう。
まず、太陽病について。
1.太陽病についての今まで先人の論説を読めば、いろいろなことが述べられている。経絡から病気を説明した、とか、黄帝内経の、熱論から病気を説明しょうとしている、とかである。
 実際に、患者さんを見ている開業医として、風邪で来院される患者さんが、総て太陽病で発病して来院しているかといえば、NO!といわざるを得ない。いままで、典型的な太陽病を示す風邪(かぜ)は、数えるほどしか見ていない。これはどう考えればよいのか?
   (その2)
 ということは、傷寒論で論じられていることをベースにして、個々の症例を考えなければならないということを表している。つまりココでは、体質も異なり、病原性も異なるケースで、典型例を挙げていると考えればよいことになる。つまり、? 麻黄湯、桂皮湯、葛根湯などの湯の名前で証をとらえているのは、この患者側の体質が反映されているのが一つ、もうひとつのファクターは、病原の側の毒性というべきものがあることを示している。この病原性とでもいうべきものは、どのようにして把握すればよいのか?という問題が出てくる。傷寒論の六経弁証の立場から言えることは、それは六経がそれだといえる。
  (その2;終了)
2.脈が浮という問題について。
 今までの先人の学説は、傷寒と言う病気(外因)が、体の表面から内部に入るときに、体表を流れている気(衛気)と闘争を引き起こし、気が中から外へと出て行こうとして、浮いてくるというものである。この説は納得させる力がある。
いろいろなテキストでの脈を論じた処などでの説明が、軽く脈を取って脈が触れるのを浮と定義していて、一方で、浮脈は相対的なものと、逃げ道を作ってあることがあります。これをどう解釈すればよいのでしょう。私の意見は、病人(宿主?)側の体質(言い換えれば持病があるかどうか)により、普通の浮脈や沈脈になると考えることで、そう考えれば納得がいきます。
 現代医学の教えるところの、例えばインフルエンザ・ウイルスの感染では、ウイルスは空気とともに気道に入り、気管粘膜にある上皮細胞に取り付き入り込むことから、病気が始まると教えている。このようなウイルスの増殖と、免疫系の戦いが始まるわけで、このようなプロセスと、太陽病をどのように結びつけるかということを、考えなければならない。これを対応させて考えるようにすればよいことになる。
   (その2)
  ウイルスが気管粘膜に取り付いて細胞内に入り込むところで初期の自然免疫がはじまります。まず、気管粘膜にはデフェンシンなどの、破壊性酵素などがあり、ウイルスを破壊しようとしますし、さらにウイルスはマクロファージに取り込まれて、マクロファージが様々なサイトカインと呼ばれる生理活性物質(例えば、インターロイキン?1、インターフェロンなど)を放出します。感染を受けた細胞は、インターフェロンを分泌して、近傍の上皮細胞が感染を受けないようにします。これらの一連の反応の結果放出されたサイトカインが、発熱や、体痛の原因であることが分かってきました。つまり、これが太陽病の中身です。
 したがって、このようなプロセスを、傷寒論では詳しく見ていることが、読み進むにつれて分かってきます。
  (その2;終了)
 3.頭項強痛について。
 この表現が、「互文」であるということを指摘している本があり、それによると、頭痛と項強として、分解できるとの主張であり、古い時代(春秋・戦国時代)の特徴を表すとする考えで、この「互文」を、文章の解釈で考えなければならないとしている。
 問題は、むしろこれらの症状は、ウイルス感染に伴うマクロファージなどから放出されるサイトカインによる症状であり、つぎの 4.なぜ太陽病で、体の上部に症状が現れるのか?に問題があると思われる。
4.なぜ太陽病で、頭項強痛というように、体の上部に症状が現れるのか?という問題を考えてみよう。
 先人達の説の中には、経絡で説明している物があります。太陽の経絡は背部にあり、それと、頭部が陽経ということで説明しようとしています。また別の説として、傷寒は熱病であり、陽病だから体の上部に現れるとしています。
 このような説明で、一応は納得が行くと考えます。
 (その2)
 現代医学の病理として、体の上部に太陽病の初起症状が現れるのを説明するのは、難しい。あえてすれば、病源微生物が進入して生着したところで始まった免疫反応は、さまざまなサイトカインを分泌し、これが血液を介して大脳視床下部に運ばれ、そこの発熱中枢に働いて、発熱する。このプロセスで視床下部から出てきた物質が、頭項強痛を引き起こすと考えられる。大脳が上にあることが、「熱」の症状が、上より現れる原因ではないかと、推測しています。このあたりを説明するものを、調べてみる必要があるでしょう。
 (その2;終了)
5.「惡寒する」とあるが、発熱なしに惡寒するとはどうしてか?
 この問題について、ある先生は、トリガーポイントという概念を提出しています。別の説として、陰病に進む可能性を含むとするものが、あります。
 この問題は、どちらの説も納得行くものです。「黄帝内経?熱論第31」では、両感病について述べており、死に至る病として陰病を考えています。陰病の特徴のひとつが、「惡寒」です。
この問題はおいおい考えてゆくこととしましょう。
 (その2)
 現代医学で「惡寒」といえば、最も典型的なものは、敗血症に伴う「惡寒」です。エンドトキシンという毒性物質が血液を介して全身に流れて、激しい惡寒してガタガタ震えることがあります。これとどう違うのでしょうか?私は、程度の違いだけで、本質は同じと考えています。ともに、インターロイキン?1のなせる業だと考えています。
(その2;終了)

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