雑談

2012年11月13日

本の紹介 「下流志向」内田 樹(たつる)著  講談社文庫

 著者は、神戸の女子大の先生をしながら、街の道場で武道を教えるという、ユニークな活動をされています。(現在は、大学は退職されているそうです。)その経験を踏まえて、現代の若者に発生している非常に奇妙な傾向-「学びからの逃走・労働からの逃走」という事が、「登校拒否」や、「ニート」といわれる若者たちの心の奥底にある信条によるものである事を、若者たちの行動様式や、思考方法などから分析しています。
 さらに大事なことは、この若者たちの生活信念とでもいうべきものが何故これだけ広く一般的に広まって、その結果、勉強させたり働かせようとする大人たちに反抗するかのようになったのか?それは、まさに、大人たちが作っている社会、――資本主義社会という、自由、自己責任の社会――が生み出した“鬼子”であることを、作者は鋭く見抜いて指摘しています。
 作者の結論は、子供たちの生まれてからの社会とのコンタクトが、“消費者”という立場から出発したことで成立した、この事が原因であるとしています。無時間的な“等価交換”が原則の売買で、売り手と買い手の駆け引きがあることを幼いうちから知った若者たちが、「教育」「労働」では、“不等価交換”であることを見抜き、時間の経過の中で今までの自分を乗り越える苦しみを、「そんなことは、やってられねー」と、いわば“尻をまくってしまった”事になったからだと、指摘しています。
 「教育」や「労働」の本質は、それまでの自分を“自己否定”することにより、成長して、以前の自分とは違ったものになることであり、「労働からの逃走・学習からの逃走」は、時間の中で存在して変化してゆく自分を、否定するということになります。そうして“賢い消費者”であることを誇りにし“成長を拒否した、未熟な自己”を肯定して、結果として、社会的隠者の“ニート”“登校拒否者”として、自己満足するという、奇妙な“下流”へ流されるという結果となっています
 作者は、これらの思考が、無時間的な“消費行動”の、等価交換という原則とは異なる、時間の中で成長する“学び”というものを理解できないからだと考えています。その原因として、「スキップ思考」が、これらの若者にみられることに注目しています。分らないものは、頭の中から放逐する――彼らが理解できないことは、そのような問題そのものが、世の中には存在しないと考えているらしいーーという姿勢が、まさに自己否定を核心とする“学び”を、放棄させたと結論つけています。
 この自己否定を核心とする“学び”の姿勢の放棄は、あの70年代の全共闘運動の終焉と、軌を一にしているように私には思えます。これらの奇妙な若者たちは、(浅間山荘事件で明らかになった“赤軍派”の大量殺人事件より急激に終焉した)全共闘運動の理論的支柱であった“自己否定の論理““実存”の理論の、否定として出てきたのではなかろうか、と私は考えています。
 作者は、「ニート」や「登校拒否者」が、――国が率先して掲げている「自由、平等、規制撤廃」そのものが、個人をアトム化させ、生存競争に敗れたものは、路上生活者になって、自己責任の元に野垂れ死にするしかないという、弱者にやさしくない世界の構築――その世界観が生み出したものだ、という結論を導き出しています。そして現在も、リーマン・ショックで破たんしたグローバル・スタンダードを推進する人々が、それでも「構造改革」を唱えることが、さらなる「ニート」や「登校拒否者」を生み出すのだという事も、指摘しています。
 作者は、これに対しての解決は、社会的弱者と共存する社会の構築を目指すしかないことを示唆しています。何故こんなことになったかと言えば、第二次大戦後、家族制度が改正され、(家族は、子供という弱者を、一人前にまで育て上げるという自然発生的な制度ですが、病気の大人や、老人、子供を面倒をみ、家族内部は、弱者と共存しています。)大家族制度から核家族制度にするために、遺産相続を均等分割して平等にした、戦後のアメリカの政策に、そのもとがあることが、よく考えればわかります。(筆者の私見です。ーこの問題は、また項を改めて論じることとします。)
 最後になりましたが、なぜこのようなテーマを、この医学コラムに取り上げたかという理由は、これらの「登校拒否者」の子供を持った親御さんが、ノイローゼや、不眠症、挙句の果ては鬱状態になって当院を受信されるからです。体のことは、我々内科医の治療範囲ですが、それ以上は、――つまり、ノイローゼや、不眠症、鬱の原因は、身体に問題が在るのではない――「登校拒否者」という社会科学的問題によるものであり、家庭の問題であり、政治や行政の問題であり、社会の中で支配的な考え方(イデオロギー)によるものです。それにもかかわらず、その悩みを医者のところに持っていくと、精神科に回され、挙句の果ては、精神科の医者が出す向精神薬(抗うつ薬や精神安定剤など)や、睡眠薬などの薬物を投与され、薬漬けー薬物依存という病気が次に発生する(言い換えれば、医者により、薬物依存という病気にさせられる)、ということを警告するために、取り上げさせていただきました。

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