医学トピックス

2011年02月02日

本の紹介-生物と無生物との間

福岡 伸一著;講談社現代新書
「生物と無生物のあいだ」
 著者は、現在青山学院大学で、分子生物学の研究をされています。アメリカ・ロックフェラー、ハーバード大学などで、外分泌蛋白のメカニズムを研究されてきました。その研究過程で、ある遺伝子を使えなくしたマウスを作ったところ、その遺伝子が働かない正常なマウスが生まれてきて、その遺伝子産物が、分泌蛋白を細胞の外に分泌するのにどうしても必要と考えてきた筆者に、説明不可能とまで思い込ませることとなりました。
 このことから、筆者は、生命とはいったいいかなるものか?という根本的な問題を考えることとなりました。20世紀の到達した「生命とは何か?」という問いに対して、DNAの研究からは、「自己複製するシステムである」という一応の結果が出ていましたが、このような分子生物学の立場からは、生命体は、分子というミクロなパーツからなる精巧なプラモデルのような分子機械とかんがえられます。この分子機械では、ひとつでもパーツがなければ、完成しません。しかし、ひとつの、重要であると考えられる遺伝子産物が存在しない動物が生まれてきたことは、この分子機械という概念では捕まえられない内容を、生命体が持っていることを示します。
 この問題をきっかけにして、筆者は、シェーンハイマーという学者が提出している、「動的平衡」という学説に共鳴するようになったとのことです。われわれの体を構成している細胞膜、蛋白、糖、核酸といったものすべてが、壊されては作られてゆくプロセスのなかに、生命の本質があると考えるようになったということが、この本を読めばわかります。鴨長明の、「川の流れは絶えずして、もとの水にあらず・・・」という話に似ています。
 遺伝子を使えなくしたノックアウト・マウスでの経験から、筆者が導き出したのは、生体の中では、すべての反応などが網の目のように緊密に連絡しあって、あるひとつの遺伝子産物は、他の遺伝子産物たちと、ちょうどジグソー・パズルのように組み合わされている、というものでした。ひとつの遺伝子がだめになっても反応が進むように、生体はバイパスを用意しているようですし、反応の平衡点が変わって、その遺伝子産物を使わずに発生してくるというものです。
 次に、ある遺伝子がだめにされている受精卵に、半分だめにした元の遺伝子を入れてみると(これをノック・インといいます)、正常に発生してきますが、生まれてその後に障害が出てくることが、狂牛病のプリオン遺伝子を使った実験からわかってきたとのことです。これは上で述べた、あるひとつの遺伝子産物が、他の遺伝子産物との関係の中で、その存在理由があるという、当たり前といえば当たり前の結論に到達したわけです。漢方の世界でも、我々の体の成り立ちを、整体として、相互に依存し、協力しあっていると、捉えることと似ています。
 ここで注目すべきは、狂牛病で問題となったプリオンが、まったく存在しないマウスを作ることに成功していることです。では、プリオンはどんな働きをしているのでしょうか?残念ながらこの答えはまだわかっていません。不完全なプリオンをノック・インされたマウスは、正常に生まれてきますが、次第にふるえが出てきたり、簡単にこけるようになったりして、運動失調が出現して、最後には死んでしまうとのことです。このようなことを踏まえて、筆者は生命を、ジグソー・パズルのように考えるようになったとのことです。なかなか説得力のある説だと思いますので、紹介させていただきました。

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